Vol.30春号
塚田 孝一さん【長野市】

2世帯住宅で受け継ぐわが家のエンジョイライフ

長野市郊外の自然豊かな田園風景のなか、塚田孝一さんは二世帯6人で賑やかに暮らしています。現在のお宅は、15年前、子息の塚田淳さんにまだ伴侶も見つからないうちに、建替・新築に踏み切ったもの。そこから、誰もがうらやむ仲良し2世帯ファミリーをどう築いてきたのか、幸せストーリーを伺います。また、父子揃って筋金入りのマラソンランナーであり、今年も長野マラソンに出場します。

「この家は大きいけれど台所がひとつしかない」

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電力会社の技術者として、配電部門で仕事ひと筋に歩んだ塚田孝一さん。奥様の幸子さんは孝一さんのご両親と同居して孝一さんを支え、3人の息子さんを育てあげてきました。
「親と一緒に暮らすのは、私たちの世代にとっては当然だったんです。多少きゅうくつであろうとも、別に暮らすなんて思ってもみませんでした」(幸子さん)
ところが周辺でも二世帯同居は少なくなり、若い人は別に世帯を構えるほうが、むしろ多い時代になってきました。ご子息の淳さんが30歳を目前にしたとき、ふと漏らした言葉は
「この家は大きな家だけれど台所がひとつしかない。自分は結婚したらアパートにでも住むよ」
そこから3人で話し合い、台所や玄関がそれぞれ独立した二世帯住宅に自宅(築43年、増築部分は築20年足らず)を建替えることに話がまとまります。
「どこの家にもあるように、わが家にも嫁姑の困り事がなかったわけではありません。淳は何も言わなくても、子ども心にそれを感じていたから『台所がひとつしかない』のは不都合だと思ったのでしょうね。私も私がした苦労を次の世代にさせたいとは思いませんでした」(幸子さん)

家づくりを始めたら良縁に恵まれて

ある日、3人で寿司を食べに行って、寿司店のそばにあったホクシンハウスの展示場に立ち寄ってみました。建替を決めてハウスメーカーを調べてはいましたが、当時は「ホクシンハウスのホの字も知らなかった」(孝一さん)
対応したのがたまたま相澤社長で、初対面なのに意気投合して話し合うこと6時間。展示場を出るときには、ホクシンハウスでの新築を決意していました。孝一さんは電力会社の、淳さんは半導体製造会社の技術者であり、相澤社長のFB工法についての技術的な話にとても納得できたそうです。「いや、そうはいっても、自分にはまだ結婚相手がいない。意中の女性もいないというのに、新居の設計が始まるのは心底焦りましたよ」(淳さん)
実際、二世帯住宅が出来ても、肝心のお嫁さんがいないという例はないことはないのです。ところが、幸運なことに友人から有名ホテルのフロントを務める由紀さんを紹介されます。お互いに誠実な人柄に惹かれ合い、そこからはトントン拍子に縁談がまとまります。新居の引き渡しが2000年2月、同年4月には結婚式を挙げるというタイミングのよさでした。出会って1年足らずでゴールインしたことになります。「まるで、ホクシンハウスがわが家に幸運を呼び込んでくれたようだと、今でも思っています」(孝一さん)
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お互いの暮らしを尊重しながら週末には大家族でおうちごはん

1階に親世帯、2階に子世帯の暮らしが始まって15年。2人の男の子(13歳・11歳)にも恵まれ、まさに順風満帆。子どもの成長に伴い、この春は1階リビングの上の吹き抜けを塞いで、2階の淳さんの家族スペースにひと部屋を増築。取材時はちょうど、6人でそのお祝いをしようという時でした。
塚田さんの二世帯住宅は、玄関が2つある上下の分離型。独立性を保ちながらも、宅内のドアひとつで行き来ができます。台所を始めとし、生活を分けることで、生活時間の違いや食事の好みの違いも難なくクリアしました。
「昔はね、年寄りは夕方6時には食事、部活や塾を終えた孫、仕事から戻る息子は9時10時に食べるでしょ。嫁はずっと台所に待機状態で、結構大変でした。今では、1階と2階でそれぞれ好きな時間に好きなものを食べられるから気兼ねがなくてね。二世帯住宅はいいですよ」(幸子さん)
週末などは6人でテーブルを囲むことも多いのですが、忙しい平日は食事は別々といった暮らしぶりの中でも
「このような二世帯住宅だったので、下の子が幼いときには、上の子を両親が見てくれたので、赤ちゃんとゆっくり過ごすことができ、とても助かりました」と由紀さん。
さらに、離れて暮らす2人の息子が盆や正月に家族を連れてやってくると、総勢14人の大家族で過ごします。1階には2間続きの和室があるので泊まるにも重宝です。
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「まだまだ走ります」父は76歳の現役ランナー

長野マラソン出場者のゼッケンには、第一回(平成11年開催)から連続出場者にだけ与えられるゴールドゼッケンがあるのをご存知でしょうか。孝一さんが胸にするのは、その栄えあるゴールドゼッケン。
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体力の衰えを感じ始めた55歳のときにジョギングを始めてすぐにマラソン、やがて100キロを越えるウルトラマラソンにも出場するようになります。県内はもとよりサロマ湖や四万十川の大会、さらにハワイやアテネの国際大会にも遠征しフルマラソン25階、ウルトラマラソン3回を完走。「長野走ろう会」会長を務め、76歳の今年も長野マラソンに向けて走りこんでいます。
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トレイルランで野山を駆け抜ける息子45歳

一方、淳さんもバスケットボールの選手としてならし、スキーのインストラクター免許も持つスポーツマン。平成17年からマラソンに出場するようになり、平地ばかりか山野を走るトレイルランニングに照準を定めて、現在は信州トレイルマウンテンに所属しています。ロングトレイルが整備された長野県は淳さんにとって最高のフィールドです。もちろん、長野マラソンは連続10回を越えるシルバーゼッケン。ランナー憧れのサブ4(4時間未満で完走)の実力派です。
昔、仕事で忙しい中を縫うように、孝一さんは淳さんたち3人兄弟を登山やスキーに連れて行きました。「初めて登山に連れて行ってもらったのが、小学校5年のときの後立山連峰。きつい道の上に、大雨。泣きながら父の後をついて歩いてきたのを覚えています」(淳さん)
今、淳さん夫婦もふたりの息子を連れ、家族4人で登山やスキーを楽しんでいます。
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ゴールデンウィークは家族みんなで田植えの準備に精を出す

塚田家は兼業農家でもあります。父祖伝来の田や畑を守ってきました。現在は主に孝一さん夫婦が担っていますが、仕事が休みのゴールデンウィークには、家族6人で田植えの準備に精を出すのが恒例です。幼いときから苗床・種まきを手伝ってきた子どもたちは、今ではそれぞれ自分の役割を持ち一人前の働きをしてくれるそうです。
田の広さは2反歩。家族6人の1年分の米は十分にまかなえ、離れて暮らす兄弟や親戚にも送って喜ばれています。一つ屋根の下に住み、それぞれの世帯を尊重しながらも、気持よくわが家のライフスタイルを受け継いでゆく塚田家。お嫁さんの決まらないうちに始まった新築でしたが、家族の幸せが大きく実を結びました。