Vol.15夏号
中野さん【福島県会津坂下町】

絆を大切にする東北人 ホクシンの家で第二の青春を謳歌

長野で誕生したホクシンハウスはその住み心地のよさがクチコミで伝わり、徐々に建設地が全国へ広がっています。今回お伺いするのは福島県河沼郡会津坂下町の中野庄司さんのお宅です。定年後の人生を楽しむ家を建てるにあたり、ホクシンハウスとの出会いの陰には、東北人らしい暖かい友情物語がありました。

「竹馬の友」への応援が福島県でのホクシンハウスに

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福島県は、東日本大震災で甚大な被害を受け、今も不自由な生活を強いられている方々が沢山いらっしゃいます。幸い内陸部の会津坂下町は家屋が損壊するような被害を受けることもなく、以前と変わらない豊かな田園風景が広がっていました。被害の大きかった葛尾村が村を上げて避難し、坂下町のみなさんも大きな支援を行なっています。
中野庄司さんはこの会津坂下町に生まれ育ち、消防署長を長年務めて、今は悠々自適の暮らし。4年前に新築したご自宅は、断熱性能を飛躍的に高めても環境への負荷を最小限に抑える40cm厚のセルロースファイバーを利用し、高気密高断熱を極めた無暖房住宅です。
vol15_ph02震災で被害を受けた葛尾村が村を上げて会津坂下町へ。会津坂下出張所として村役場の機能も移された
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実は中野さんが10年間暮らした以前のお宅も高気密高断熱で「なかなかの住み心地」だったとか。
以前は、ご両親の建てた家が現在地にありました。昔の農家造りの大きな家で、各部屋に暖房機を置いていました。 「その家で母が祖母の面倒を見ていました。祖母は赤い炎が見えないと暖かさを感じなかったのでしょう。ファンヒーターに綿入れ半てんを掛けていました。そうすると酸素不足のせいで炎が赤く見えたのです」
そんな姑を残して、お母様は突然64歳で肺がんで亡くなりました。お母様は「部屋で火をたかないで済む家を造ってくんろ」と口癖のように言われたそうです。
そこで中野さんが家を新築しようとすると、今度はお父様が「思い出の詰まった家を壊さないでくんろ。この家がなくなれば、俺が俺でなくなってしまう」
そこで中野さんは別の土地を探し、新築を頼んだ相手は兄の同級生で、自身の「竹馬の友」でもある小林正幸さんでした。前の家には満足していましたが10年後、長男家族との同居と定年後の暮らしを考え、ご自身が生まれた家の建て替えをすることにしました。
「今度も迷わず小林さんに頼もう」
そこで小林さんは、さらに高性能な住宅を提案したいと考え、日本初の無暖房住宅を開発したホクシンハウスの相澤社長に相談、中野さんに紹介し建築の実現につながりました。
実は小林さんは相澤社長と若き日に住宅性能について共に学んだ仲だったのです。
小林さんは「米国デンバーへ省エネ住宅の研修に行って、たまたまホテルが同室になり夜通し語り明かして以来のつきあい」と話します。「相(アイ)ちゃんは最高の技術屋だよ。空気の質も温熱環境も一般の家とは全く違うから。健康で長生きしたかったら相(アイ)ちゃんに頼めと言いたいね。しかも、職人を安く使おうとする会社が多いなかできちんとしたペイを払っていい仕事をしてもらう。それができる経営者なんだよね」 「これからは省エネ住宅。お金が掛からなくて環境にやさしい。それで健康にいい。そういう家を造らなくちゃだめだ」と小林さんの住宅談義は止むことがありません。
vol15_ph04中野さんの家は約90坪。広々とした田園地帯にあるせいか大屋根平家階建てに見えるが、実は2階建。

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vol15_ph06小林さん(中央)が、中野さん(右)とホクシンハウス社長相澤(左)とのご縁をつないだ。小林さんの住宅への思いは今でも熱い

住み心地は上々 「体の中でDNAが喜んでいる」

「親父も最初の新築のときはわがまま言って息子を困らせたという思いがあったようで、今回の新築には元の家を壊していいよと言ってくれたんです」(中野さん)
そこで中野さんは懐かしい土地に現在の家を新築。1階は自分たち夫婦のために、数寄屋造り風に、2階は長男のためにコテージ風のデザインとしました。うれしいことに、新築時には独身だったご長男は今は結婚し、この家に同居されています。
信州と同様に冬の寒さが厳しい福島ですが、中野さん宅は薪ストーブ1台で家中を暖房。
vol15_ph07近所からリンゴの剪定材や森林整備の処分材をわけてもらい、薪を作る。省エネでエコなエネルギー活用
薪は2~3年分を備蓄。電気がストップしても暖房には困らない
「薪の暖かさというのはやわらかくて格別です。しかも炎が見えるので気持ちが安らぎます。近所からリンゴなどの剪定材はいくらでももらえますし。むしろ処分に困っている農家に喜ばれています」
薪ストーブは朝夕に薪をくべれば、それで1日中暖かいので手間も掛からないそうです。床下に設置した暖房機は中野さん夫婦が長期の旅行などに出るときに使っています。長男夫婦は共働きで日中不在となるため、安全に配慮しての選択です。4年間住んでみての感想を伺うと、「前の家も快適だったけれど、今度の家は体の中でDNAが喜んでいるという気がするね」
奥様の卓子さんは「とにかく、花が散らないんです。蘭の花などは、かなり長期間咲いてくれます。植物がいきいきするというのは温度差がないからでしょう。花の姿を通して、人間にとっても快適な環境だということを実感します」と 目を細めています。
vol15_ph08室内の温度差が小さいので切花もいきいきとして、発根が始まった
vol15_ph09リビングに設置した薪ストーブ。暖かさはもちろん、炎のそばには、いつも家族の団欒が

これからの人生は、人のため、家族のため、自分のために

中野さんの広い玄関の隣に、ベッドが置かれたスペースがあります。これはカイロプラクティックの施術台で、近所の人などがやってきては中野さんの治療を受けていきます。
「今までお世話になってきたご近所の方々に、少しでも喜んでもらえればそれでいいので無償です」もともとお母様がカイロの資格を持ち無償で施術していました。
長くレスキュー隊長を務めた中野さんはお母様からカイロの手ほどきを受け、隊員の体調管理にその腕を活かしてきました。特にレスキュー隊の全国大会の前には、練習量が増え腰や膝を傷める隊員が増えてきます。医師にみせれば安静を言い渡されることが多く、隊員自身のストレスも相当なもの。
vol15_ph10気軽に近所の人々が中野さん宅を訪ね、カイロプラクティックの施術を受けていく。
「悩みごとを聞いてもらうこともある」という方も
そこで中野さんもお母様と同様にカイロの資格を取って施術。そのおかげで、チームは全国大会2位にまで勝ち上がっています。実際に施術していただくと、肩や背中のコリが取れて、全身がスッキリ。十分に料金をいただけるレベルですが、中野さんは「仕事としてやれば、自由に休むことができなくなります。40年間仕事一筋に働いてきました。これからは仕事ではなく、人のため、家族のため、自分のために時間を使いたいのです。人生の持ち時間を考えると、自由に動けるうちにしたかったことをすべてしておこうと思います」ときっぱり。
中野さんは現在、年間60日は奥様と旅に出ています。国内はキャンピングカーで気ままなドライブ旅行をし、海外では世界遺産を巡る旅を重ねています。定年後に、憧れの海釣りも始めました。「師匠」がよかったのか、わずか4年で腕を上げ、初孫のお食い初めには見事なタイを釣り上げてくることもできました。
東北人らしく人との絆を大切にしながら、リタイア後の人生をアクティブに生きる中野さん。まさに第二の青春を謳歌すると言うにふさわしい姿に、こちらまで元気をいただきました。
vol15_ph11初孫のお食い初め式。見事なタイは、中野さんが自ら釣り上げたもの
vol15_ph126月に行ったチベット旅行では、世界遺産のひとつ、ラサのポタラ宮を訪ねた