Vol.20秋号
髙山さん【諏訪市】

日本一のそばをめざして 八ヶ岳山麓のそば栽培を支える

新そばの季節になりました。そばの産地として一般に知られるのは戸隠ですが、そば通にとっては、八ヶ岳山麓産のそばも人気の的。首都圏や県内の有名店が「八ヶ岳のそば」を指名買いしています。その八ヶ岳山麓のそばの品質向上を陰で支えてきたのが、(株)高山製粉専務の高山俊彦さんです。

八ヶ岳山麓産の玄そばは味が濃く風味豊か

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髙山製粉は「粉ひと筋に90余年」を歩んできた製粉所です。なかでも髙山俊彦さんはそば粉の部門をひと筋に担当してきました。
標高約1000mの八ヶ岳山麓は昼夜の寒暖の差が大きく、霧がよく発生し、強い紫外線が降り注ぎます。いわゆる「霧下そば」の環境に恵まれ、実が締まり、でんぷんが熟成され、味が濃く風味豊かになります。また、そば栽培に適した火山灰の土壌に、信濃1号という味のよい品種が多く栽培されています。
髙山さんは、この地元の玄そば(収穫したままのそばの実)を中心に、自然災害によるリスク等を避けるため県産および国産の玄そばを仕入れています。
加えて製粉には、職人として徹底的にこだわり抜きます。石臼挽き製粉機は石臼の重さ80kgから240kgまで50数台を揃え、それぞれ目立て、ふるい、回転数を細かく調整。そば店店主の好みや要望に合わせて完全受注生産に応じるのが、髙山製粉の大きな特徴です。460軒に上るそば店を顧客に持ち、そのなかに名店と言われる店が多いのはそのためです。

現金を懐にライトバンで農家巡り

今や約550haもの質のよいそば畑が広がる八ヶ岳山麓。しかし、髙山さんが父から仕事を任された30年以上前は、質をうんぬんどころか量を確保することも難しい状態でした。そもそも自家用に上乗せした程度の量しか栽培していないのです。髙山さんは地元のそば粉を求めて、農村を回り始めます。平日は「挽きたて」のそば粉を出荷するため製粉所に詰め、買い付けに出られるのは休日だけ。新そばの季節、髙山さんに休みはありません。
現金を懐に、業務用ライトバンで走り、それらしき農家に飛び込んでいきます。新そばがあっても、最初はほんの少ししか売ってくれません。こちらが信用できるとみれば、もっと多く売ってくれるようになり他の農家も紹介してくれるようになります。
「値切ったことがない」のが髙山さんのやり方。「買い取ってもらうなら高山さん」という農家がだんだん増えていきました。
売買が成立して、1万円札の数を数えて受け取ったのに、夜になって1枚足りないと電話してくる農家もありました。「そんなはずはない。自分だって札を数えて受け取っただろう」とは、言えません。
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その1枚を届けにいくことが度々あった後、高山さんは、農家の縁側に札を並べて、お互いにひと目でお札の枚数がわかるように工夫しました。
当時は、買い取るときに玄そばを計る計量器の目盛りをごまかす業者もいる中、髙山さんは、きっちりと正確を期しました。
髙山さんへの農家の信頼は、確かなものになってゆきます。

高くてもいいから品質のよいものを

一方、そば店からのそば粉への要望は、厳しく品質を問うようになってきました。
「日本一を目指したいというそば屋さんがいます。その方たちはお金のことを言いません。高くてもいいから、品質のいいそば粉がほしいというのです」(髙山さん)
横浜のあるそば店では、他店が盛りそば一杯200円の当時、500円で出していまし た。それでも高いというどころか、「ここのそばはうまい」と1000円札を置いていく客がいるというのです。この話に心動かされた髙山さんは、品質の向上に取り組み始めます。
「粉屋がどんなにうまく挽いても、そば屋がどんなにうまく打っても、日本一のそばにはなりません。まずは、玄そばの品質なんです」
「日本一を目指そう」と言い続けるうちに農家のなかに本気になってくれる人が出始めました。製粉所で出る米ぬかをそば畑に撒いたり(そばが甘くなる)、有機栽培を始めたり。研究者は品種改良を進め、農業改良普及員や農協も栽培の指導に力を入れてくれます。行政も本腰を入れるようになります。
いまや、八ヶ岳山麓のそばはブランド力を持ち始めました。そば祭りや諏訪大社へ献納祭を行うなど、そばが街づくりの目玉となるほどになっています。
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品種改良を行う研究者も優秀で、現在、桔梗3号と呼ばれる新品種は特に有望。育苗段階に入ったところで、信濃1号をしのぐ品質に期待が掛かります。
「そばのコシヒカリを作ってくださいとお願いしてきました。欲しいのは、色は緑がかっていて、風味、甘味、粘り、こしがあるそばです」
どんな玄そばがいいのか、それは「すべておそば屋さんに教わった」と言います。製粉所として、真摯にそば店の要望を聴き続けてきた髙山さんならではの言葉です。

保護司として更生する人々を見守る

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髙山さんには、もう一つの顔があります。それは保護司。犯罪や非行をした人が再び罪を犯すことなく、地域社会で暮らしていけるように見守ります。法務大臣から委嘱を受けた非常勤の国家公務員で、実質的には民間のボランティアです。
 平成3年から保護司となり、昨年には20年間の継続をたたえて法務大臣表彰を受けました。どうして、こんな大変なことを続けてこられたのでしょうか。
「家内がおやつを出したり、カレーを作って食べさせたり。そうやって支えてくれたから、続けてこられました」
 髙山さんは対象となる人を自宅に招き、温かい雰囲気のなかで彼らの話に耳を傾けます。「警察は敵、検察は敵、保護観察所は敵・・・そうして敵ばかりに出会ってきた人ですから、保護司も敵に見える。味方だと思ってもらわなければ、心を開いた話はしてくれません」
 話を聞いてみれば、その背景には幸福とはいえない生い立ち、父母との関係があります。「愛が足りない」人生を送ってきたということが伝わってきます。
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「どんな人でも幸せを求めていることに変わりはありません。不幸に巡り会いたいと思って生きている人はいません。保護司は報われないことがほとんどですが、本人の心に少しでも温かい思いが残ればと思っています」
 昨年10月、ホクシンハウスの新居に住み始めた髙山さん夫婦。初めての1年を満足感で過ごしました。製粉の職人として細部にまでこだわり、質を追求する髙山さんは、ホクシンハウスの家づくりに大きな共感を寄せています。
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