Vol.1新年号
青木長年さん美愛子さん【長野市】

健康長寿のはつらつ夫妻 人のご縁を大切に人生を愉しむ

ホクシンハウスのお施主様には、前向きに人生を愉しむ方が多く、多彩な趣味や社会貢献をされています。そうした方には、実年齢の想像がつかないほど若々しくて魅力的です。今回、ぽんちゃん倶楽部通信の第1回に登場していただくのは、長野市稲里の青木長年(ながとし)さん美愛子(みえこ)さん。まさにアンチエイジングの達人ともいうべきご夫妻は、人のご縁を大切に二人三脚で歩んできました。お二人のお話をうかがっていると、「高齢社会もこわくない」とこちらまで元気が湧いてきます。

退職後、区長として汗を流し新しい地域づくりを進める

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ご主人の青木長年さんは昭和2年生まれの80歳。昭和23年に長野県に就職し、要職を歴任。ちょうど日本の高度成長期を支えてきた世代です。「庁舎にこもっているのではなく、あるときは商社マン、あるときは不動産業のような役割を果たして、公僕として長野県の産業振興に尽くしてきました。このとき出会った方々とは今もおつき合いがあり、それが私の財産でしょうか」
長野県が大きな節目を迎えたのが平成9年の冬季オリンピックです。青木さんにとって父祖伝来の土地である稲里は、長野白馬オリンピック道路が建設され、再開発が進められました。青木さんの旧宅は立ち退きの対象となり、代替地にホクシンハウスで新居を建てたのが平成8年10月です。
それまで田畑が豊かに広がりまさに「稲の里」であった地元は、道路の開発に伴って大型店がぞくぞくと進出し、一戸建てとアパート、旧住民と新住民が混在します。こうした地域では住民の気持ちをまとめあらたに街づくりをするのは難しいものですが、退職後の長年さんが区長として奔走。「クリニックタウン構想」を掲げて、各科医療の診療所を誘致し、逆に遊技場等は進出を断りました。さらに、子供が産まれた世帯にはお祝い金1万円贈呈という制度もつくりました。子供達のためにいろいろな行事をおこなっただけでなく、区で管理する公園にはタイムカプセルを設置。このタイムカプセルには長年さんの発案でソーラーによるカウントダウン装置が備えられました。設置されたら開封されるまで忘れられてしまうタイムカプセルですが、カウントダウン装置によって人々の記憶に残り、公園の素敵なモニュメントとなっています。
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札所巡りの句集にこめる精神浄化の祈り

この年代の方には珍しく、長年さんは仕事一本槍ではありません。卓球では現役時代に全日本に出場した腕前で、俳句では結社「青燕」同人で雅号は青木隆昌。句歴はすでに半世紀を越え、平成12年の宮中御題「時」では、次の句が選抜賞に選ばれています。
“姨捨の田毎小さき麦の秋”
また、 16年には「信濃秩父札所巡拝句集」を出版。信濃33番札所、秩父34番札所を巡り、札所や名所旧跡で作った201句をご朱印とともに収録しています。先祖や友人たちを供養する巡礼の旅の途上、伝説や歴史、風景を詠みあげたものであり、長年さんは「札所巡りはまさに、精神浄化の旅でした。」と語ります。
この句集には長野を起点に高崎と直江津へ各駅停車の旅をして、駅ごとに吟行した「一句一駅」が収められています。あわせて収録された鉄道唱歌第4集は東京上野から長野県を経て新潟県柿崎まで地名が詠み込まれています。資料としても興味深いもので、長年さんの知的サービス精神が伝わってきます。
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温かい人柄、明るい笑顔 人が集まって来る家

一方、美愛子さんは、年齢不詳(?)の朗らかな奥様。80歳のご主人に見合うお年のはずですが、60歳代にしか見えません。美愛子さんは2人の息子をもつ専業主婦でしたが、昭和37年、長年さんの転勤に伴って名古屋へ転居。それが大きな転機になります。「名古屋の人はよく働くの。『奥様』している方などなくて、私にまで『手が空いているなら手伝って』と手内職がもちこまれたりして。時代的にも今の新興国みたいに活気に溢れていました。」
美愛子さんは名古屋ではじめて「働くことの楽しさ」を知ります。編み物を教えたり、近所の主婦仲間と師範を招いて自宅で茶花を習ったりと、自宅にはいつも人が集まります。そうしたなか、頼まれておいた化粧品がよく売れるのには美愛子さん自身、驚きました。
4年後、長野に戻った時には、その化粧品は地域では知名度がまだあまりなく、しかも実家からは家柄・体面を理由に化粧品販売を反対されます。逆に美愛子さんは「では、一番になれば文句はないでしょ」と一年奮起。販売に力を入れて、ついにはトップセールスとして表彰されるほどに。今に至るまで成績優秀なのは美愛子さんの明るいお人柄と努力の賜物です。「もう引退したいんだけど」という美愛子さんですが、まわりが許しません。若々しいお肌を見れば誰でもその秘訣を知りたくなるからです。
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ピアノ、ダンス、カラオケ、書道 退屈しているなんてもったいない

美愛子さんは、書道では師範の位にあり、「侏光」という名を持ちます。お宅に飾られた大作からは、静謐な力強い作風が伝わってきます。
新婚当時から趣味で続けているピアノも今でも現役。つい最近もピアノ教室の発表会で演奏したばかりです。もちろん最年長。社交ダンスでも、たびたび発表会に出場してきました。今はダンス教室ではなく、近所の公民館サークルで楽しむのに留めています。
カラオケは健康にも脳の活性化にも役立つとはよく言われることです。青木さんご夫婦共通の趣味はカラオケ。今も大勢の歌仲間が青木さんのお宅に集まります。もちろん、高断熱・高気密ホクシンの家は、音が外に漏れないので安心です。
75歳以降の後期高齢期といえば、あまり活動的なイメージではありませんが、青木さんご夫妻はその対極。今も「どうやって、それだけの(多彩な趣味の)時間をつくっているの」とよく聞かれるそうです。
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離れて暮らしても家族の心はひとつ

青木さんが新築を考えた当時、まだホクシンハウスは北信地域にしか拠点のない企業でしたが、床下のストーブで家中が暖まるという自宅を造った知人からの紹介でホクシンハウスを知りました。青木さんは直前まで有名ハウスメーカーとの契約を進めていましたが、若い専務(現・相澤社長)の誠実な態度に「安心してついていける」と感じました。今まで、人とのご縁を大切にしてきた直感が働きました。11年を経た今も、その決断は正しかったと満足しています。今でも電気敷布や毛布や使わなくても暖かいということは自慢です。
青木さんの息子さん2人はそれぞれ首都圏に家庭を構えています。長男は外車の販社に勤務し海外出張も多く、次男はミュージシャンとして活躍中です。青木さんが家を建てるに当たって、一番に考えたのは「息子の意見」でした。親夫婦だけでなく、息子さん家族がくつろげる家、次の世代に継いでいける家を目指し、「子供や孫を含め我が家の総力戦」で家を造りました。
毎週末には、長男が電話をしてきて、孫を含め家族皆が順に電話口に出ます。結婚当初から今に至るまでずっと続けている習慣です。夫婦ふたりで颯爽と暮らし、息子さん家族との絆も固い青木夫妻。趣味の世界が広く、人の集まる青木さんの家は、そこにいるだけで元気が湧くようなパワーを感じます。
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