Vol.16秋号
高野工業【飯綱町】

ていねいな仕事、高い技術で 活躍する板金業の若社長

建設板金業の高野工業は、北友会(北信商建の協力会)の最古参です。現社長の高野亨(とおる)さんは34歳の若さ。叔父である前社長から会社を引き継ぎ、丁寧な仕事と高い技術で一目置かれる存在です。実は高野さんとその一族はホクシンハウスを5軒建てて住まうユーザーでもあります。
協力会員として、ユーザーとしてホクシンハウスへの思い、仕事への思いを語っていただきました。

「この仕事しかない」と板金業に打ち込む

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高野工業の社長・高野亨さんは1996年に長野工業高校土木科を卒業。まもなく測量会社勤務を経て、叔父・高野光男さんが営み、父・高野重夫さんが共に働く高野工業へ入社。2006年3月に社長として会社を引き継ぎ、現在は父とともに仕事をしています。
亨さんが「板金を始めた当初は大変な仕事だと思いました。屋根の上ですから、夏は暑いし、冬は寒いし」といえば、父の重夫さんは「ハンマーひとつ持ったこともなかったもんな」と笑います。今も優しげな風貌は変わりませんが、亨さんの腕はがっしりと筋肉がつき、風格ある職人そのものの体つきになりました。
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今までに基幹技能士や建築板金一級など屋根・板金に必要な各種資格はほぼ取得。現在では住宅用太陽光発電システムの施工研修なども受講して将来に備えています。また、板金組合青年部の北信地区代表として、全国大会にむけて3年連続で県の予選に出場。本来の仕事が終わってから疲れもものともせず課題に取り組んできました。図面を起こすところから始める課題は、今まで身に付けてきた技量を発揮できるので今後も挑戦を続けるつもりです。

高野工業の仕事を始める傍ら、一人前の職人になるために職業訓練校に3年通いました。そのころ交際していた奥様のゆかりさんには「一人前になったら、結婚しよう」と約束。そのとおりに3年待ってもらい、めでたくゴールインしました。
奥様のゆかりさんは、結婚後にパソコンスクールへ通い、今ではパソコンで見積書や請求書を作成するなど亨さんの仕事を助けています。2人のお子さんにも恵まれ、9歳と5歳になります。3年前に作業場と自宅をホクシンハウスで新築し、亨さんは押しも押されもせぬ一国一城の主となりました。
それでも、なにか苦労話があるだろうと亨さんに持ち掛けましたが、話が出てきません。ゆかりさんによれば、亨さんは「苦労を苦労と思わないタイプ。他人から見たら苦労でも、本人はそう思わないのです。頑固で自分の思いをあまり言わない。困ったことがあっても表に出さず、じっと一人で背負って頑張り抜いて・・・。私は何も心配させられたことがなく、安心して頼っています」 
もともと、測量会社から転職するときに「この仕事しかない」と思い定めて飛び込んだ板金業、ここまで順風満帆に見えて、陰の努力は人一倍してきたはずです。
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職人を守らなければいい家は建てられない

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そんな亨さんが最初に就職した測量会社は名の通った企業でした。当時は長野オリンピックの開催が決まり、大変に景気のいい時代。その会社での仕事も順調でしたが、亨さんにとっては「時間を潰しているような働き方で、収入もそれなり」。もっと自分にとって充実した仕事をしたいと高野工業への転職を決意したのでした。
しかし、景気の良かったのは数年。日本経済全体が今に続く低迷期に入ります。
現在、建築業界も低価格化の波にさらされています。低価格で施行コストの見合う家を建てるとなれば、元請の施工会社は職人の賃金を削りがち。一人親方が多い建築業は、若者に後を継がせられない業者が多いのも現実です。
そんな中、ホクシンハウスの相澤社長は「お客様に満足して頂ける建物を提供するには、実際に現場で働く協力業者の皆さんや社員も含め、工事に携わるすべての人の、心のこもった確かな技術があって初めて成し得るもの」と常に考え、努力をしてきたそうです。
父の重夫さんは「同業者を見ても、きちんとした元請会社に付いていない人は大変なことになっている。私たちが板金業として誇りを持ってやっていけるのは、ホクシンハウスのお陰」と言い切ります。
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「ウチの会社」のお客様に喜んでもらえればいい

高野工業の作業場は、トタンの切屑ひとつ落ちておらず、きれいに掃除され、整理整頓されています。取材用に掃除したのかと思えば「これがフツー。北友会では
“仕事は掃除から始まり、掃除に終わる”というモットーがあり、それを実践しているだけです」と亨さん。 
実はヘビースモーカーだった亨さんが禁煙したのも、北友会が現場での清掃と禁煙を進めて行ったのがきっかけ。遠慮しながら限られた場所で吸うくらいなら、禁煙しようとなったのです。
「現場と自宅以外の場所では、今でもたま
には吸いますよ。現場は協力会社のチームワークの場ですから、禁煙くらい苦になりません」と笑います。
大工職に比べて、お客様と接する機会が少ないのが板金業。それでも、現場の側に仮住まいする施主に、ちょっとしたトイの修理を頼まれたときなど、気軽にサービスをしています。「お客様に喜んでもらい、ウチの会社の評判が上がればそれでいい」という亨さん。
もちろん、うちの会社というのはホクシンハウスのことです。
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ホクシンハウス創業当時からのユーザーとして

父の重夫さんは、「人の倍働いて、倍遊べ」というのがモットー。「(父の)言うとおりにしていたら、死んじまう」と亨さんが笑うほどの職人気質です。その重夫さんは、35年前に北信商建で自宅を新築しています。
相澤社長は「自分が独立してこれからという時に、家を建てさせてもらった。本当にありがたかったんです。まだ海のものとも山のものともわからないのに、よく頼んでくれたものです」と当時を振り返ります。今もお住まいの重夫さんの家は、吹き抜けがあり今見てもセンスのいい家。この家は亨さんがまだお母さんのお腹にいたころに新築になった家です。
その後、ホクシンハウスはFB工法を考案。叔父で高野工業初代社長の光夫さんの自宅、また光夫さん・重夫さんそれぞれの奥様方のご実家、そして3年前には亨さんの自宅、と一族で5軒の家をホクシンハウスで新築しました。
だれもが住み心地に満足しています。亨さんの奥様のゆかりさんは、「本当に気持ちのいい暖かさです。友達が遊びにきても『この家はストーブがないね。なのに、どうしてこんなに暖かいの?』と驚かれるんですよ」と笑顔で話します。亨さんも「冬でもハーフパンツにTシャツ、タオルケット一枚で眠れます。体がラクなので、一晩眠ると疲れが抜けていくようです」
「自分たちが住んでみて本当にいい家だから、仕事をしていてやりがいがあります。そして、もっと多くの方にホクシンハウスに住んでもらいたい」と亨さんは話を結びました。
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