Vol.11夏号
小川さんご一家【中野市】

ずっと、その人らしく暮らしてほしい 看護師がつくった“あったかグループホーム”

自分が納得のいく介護を実践したい…病院や施設を経て、ついに自ら宅老所を解説した看護師の小川恵子さん。
この5月にはご主人と3つめの施設としてグループホーム「風のコテージ」を立ち上げました。誰もが避けて通れない高齢社会のなかで、本当に人にやさしい介護が始まっています。

大きな施設ではできないから飛び出して納得のいく介護を

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小川恵子さんは東京の看護学校を卒業後、大学病院の集中治療室などに勤務。結婚、3人の子供の子育てを経て、長野県に戻って病院勤務を再開。ちょうど2000年の介護保険スタート時で、介護支援専門員(ケアマネージャー)の資格を取り系列の老人保健施設へ移動します。そこで5年間の勤務中に見たものは、施設介護のなかで取り残されていくお年寄りの姿でした。
「認知症の方は、その気持ちに寄り添って応対していけば穏やかになっていただける。でも、大人数を一度にみる施設では、手がかかる人には、精神安定剤や抗精神薬です。薬を使えば、状態が落ちて歩けていた人も歩けなくなる・・・」
小川さんは「3日でいいから、時間を下さい」と医師に頼んで、お年寄りに寄り添い心を安定させたこともあります。流れ作業になりがちな入浴に個別対応を導入したことも。施設長も小川さんを信頼し数々の要望を取り入れてくれました。小川さんは主任として看護・介護の中枢を担うことになります。
「でも、やってもやっても、職員の心が変わらない。施設介護に慣れてしまっているのです」
ならば、自分が飛び出して自分が納得のいく介護をやろう。お金も信用も法人組織もありませんでしたが、熱い心ひとつで手探りで準備を進めました。
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「お母さんの夢を叶えさせてやりたい」

安定した勤務を投げ打ち、借金までして宅老所を作ろうとする小川さん。リスクの大きさに子供たちは猛反対。そのとき、ご主人の一郎さんは子供たちに向かって、「お前たちにも夢があるだろう。これはお母さんの夢だから、叶えさせてやりたいじゃないか」
一郎さんは会社務めを辞め、二人で立ち上げた有限会社すまいるの専従となります。ついに2005年3月、中野市に宅老所「ぽぽんた」がスタートしました。
宅老所の利用者第一号は一郎さんの父(要介護4、認知症)でした。補助金を利用した関係で宅老所に居住することはできず、一郎さんは近所にアパートを借りて父と二人で暮らします。昼間は夫婦一緒、夜は一人で父を介護。深夜、汚物まみれの父の姿に、かっとなったこともあります。「一日も早く死んでくれ」と叫びたくなる瞬間もあり、そういう自分が情けなくて泣きました。介護はきれいごとではすみません。一郎さんはこんな介護生活を3年半続けました。
恵子さんは一郎さんを「プロではないけれど、介護家族の葛藤、本当の気持ちが分かっている」と評します。今も一郎さんは宅老所の送迎を行いますが、一番に見るのはお年寄りを送り出す家族の表情。追いつめられていないか、頑張りすぎていないかを判断し、必要に応じてショートステイの利用を勧めもします。恵子さんにとって一郎さんは得難いパートナーであり、二人で一つの夢を実現してきました。
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あきらめない、断らない

「365日忙しかったけれど、思い通りの介護ができるからもう、毎日が楽しくて」口コミで利用者が増え、2軒目の宅老所「縁が和」を開設。一般的なデイサービスのように時間で区切ることはせず、利用者の宅老所での宿泊や、自宅への訪問も行うようになりました。夫婦二人で昼夜問わず時間をやりくりして対応するうちに二人のポリシーに共鳴するスタッフも育ってきました。
送迎に行っても、こたつから一歩も出ないお年寄りがいました。恵子さんやスタッフが根気強く誘いに行って、1ヶ月後には「ここへ来るのが楽しい」と言ってもらえるようになりました。息子さんと二人暮らし、日中独居のお年寄りがやけどを負い、宅老所への通所に加え、恵子さんが自主的に訪問して消毒・包材交換して治したこともあります。
「あきらめない」というのが恵子さんのポリシー。介護保険の報酬の範囲でやればいいとは考えていないのです。スタッフに「どこまでやればいいのですか」と聞かれると、「あなたが納得できるまで」と応じています。
今年5月、3つめの施設として念願のグループホーム(認知症対応型共同生活介護)として「風のコテージ」を開設。
1ユニット9床を大きく超える入居申し込みがあり、その入居選びの目安は「他のグループホームでは断られてしまう、うちでなければならない人」。つまり性格的に対応が難しかったり、合併症があって通院などに手の掛かる人です。当然スタッフの負担は大きいのですが、スタッフ自らこの目安を言いだしたときには恵子さんは思わず感動したそうです。
お年寄りの笑顔が、いつしか私達の笑顔になることをスタッフ自らが気づいたのでしょう。
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大きな家族のようにゆったりと過ごす終の棲家

断らないという姿勢は、風のコテージの料金設定にも表れています。中野のグループホームの平均は、月に13万円から15万円ですが、風のコテージは9万円代から利用できます。「国民年金にご家族が少し援助すれば入れる金額」としました。
安いから建物は古くても汚くてもいいのではなく、公の交付金や低利の融資をフル活用して、温熱環境に優れたホクシンハウスを選択。「なにより、相澤社長の物事に挑戦する姿勢、もっといいものを作ろうとする姿に共感しました」と恵子さんは言い、トイレや浴室など細部までこれまでの経験を生かしてこだわりました。
吹き抜けのあるLDは中野市街が見渡せ、個室に閉じこもらず、LDに出てきたくなります。壁には、施設でよく見かける子供っぽい紙製の飾りはなく、職員もユニフォームではなくごく普通の着衣です。恵子さんの言う「家庭的な雰囲気のなかで自分の居場所もあって、安心して生活できる場」が実現されています。
もうひとつ注目すべきは、介護スタッフの働く環境。2階のスタッフスペースには、お年寄りと同様に配慮がされています。また、子連れ出勤もOK。幼い子供がいるだけで、お年寄りの表情が和み、上手にあやしてくれるお年寄りもいます。スタッフが大切にされているからこそ、大きな家族のような雰囲気が生まれているのでしょう。
今後、風のコテージでは「看取り」にも取り組みます。「お年寄りが息を引き取る場が、救急車や病院でいいのだろうか。万が一のときに、ご家族が駆け付けるのを待ちながら、お年寄りの手を握り寄り添う。お年寄りは見慣れたかあちゃんやねえちゃんの顔を見ながら穏やかに旅だつ。そんな看取りをしていきたいと思います」
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